(前回の続きです)
前回は「勢い」について自分なりに考察してみた。とりあえずスピード感を大事にして何かひとつ完成させてみようというメッセージを伝えたかったのだが、まぁそれができる人は限られている。誰も彼もそれができれば苦労はしない。大体の人は腰が重くて手つかずのまま終わる。要は面倒くさいのである。
しかしなぜこんなにも面倒なのか。何か理由があるはずである。こんなに面倒になる理由は何なのか、そしてそれを脱却する方法はあるのか、今回は考察していきたいと思う。
⚫なぜこんなにも面倒なのか
1.忙しすぎるから
何かをやろうとするとき、あれやらなきゃ・これやらなきゃと思っているとき、実際に手をつけるためにはエネルギーが必要である。そしてそのエネルギーを出力するためには、ざっくり言うと「元気」でなければならない。そしてこの「元気」という状態を保つには、ある程度心と体にゆとりが無ければならない。
普段仕事で疲弊しきったところに、家事育児、次の日の準備などが重なり、自分のやりたいこと・やらなければいけないことなんて後回しになって結局やれない。こんなことはザラにある。
こんな状態では何か実際に手をつけるためのエネルギーなんて出てくるわけがない。
だって「元気」ではないから。
毎日毎日疲弊しきって、心も体も余裕が無さすぎる。実際の身体の反応は、その日の疲れを取り除き、次の日のエネルギーを蓄えるために休息モードに入る。そうでなければ次の日やっていけない。
忙しすぎるのは、物事に取りかかるのを面倒だと思うのに十分すぎる条件である。
2.面倒なのを知っているから
一方で、もし仮に仕事もなく、課題もなく、自分に課せられた業務もなかったら、すんなり物事に取りかかれるか。ここで「YES!!」と答えられる人は相当なメンタルの持ち主だ。めちゃくちゃ誇っていい。
おそらく大体の人は心も体も余裕があったとしてもすんなり物事に取りかかれない。なぜならそれが面倒なのを知っているから。ひさびさの仕事も何もない日、目が覚めて “以前から興味があった資格を取ってみよう” と決意したとする。
しかしながら、それはかなりの工数を踏まなければならず、相当な時間がかかるものである。まずそれがどんな資格なのかを調べ、勉強時間の目安を知り、書店に行って参考書を買い、概要をみて勉強するスケジュールを立て・・・。
大体資格を取ろうと思ったら、それがどんなに面倒なのかは見当がつく。“別に今すぐに取りたいわけじゃないしな…” とか “今日一日くらいやらなくてもまだ時間はあるし…” とかいろいろ理由をつけてサボろうとする。そしてそうこう考えているうちにスマホを手を伸ばし、ゲームとSNSをやりはじめ貴重な一日が終わる。
今からする行動はわかっている。悩む必要も無い。動き出せば始めるまでに3秒もかからない。だが、それをするのは果てしなく面倒臭い。いまこの横になった躰を起き上がらせるのが非常に面倒臭い。
面倒な理由が面倒なのを知っているからという非常にシンプルな答えになってしまったが、これはまさしくその通りの理由である。
3.完璧主義だから
完璧主義なのも物事を面倒臭いと思うには立派な原因となる。筆者も完璧主義なところがあるので、これは身に染みて感じる。まず完璧主義というのは中途半端が許せない。物事には一貫性を持たせたい。バラバラなのが許せない。細かいところにはすごく気を遣う。自分は100点のものを作りたいし、相手も100点のものを求めてると思ってる。これは全ての物事に対してというわけではないが、特にこだわりがある部分に関してはとことんこの性格が出る。(ちなみに筆者の血液型はB+です)
この性格を持つと何が困るかというと、物事の難易度が格段に上がるのである。もし70点の出来で良いならそこまで苦労するようなものでなくても、つい熱が入っちゃって完璧を目指してしまう。余計なものにリソースを使ってしまい、凄まじい疲労感が残る。その熱を他のところに使えばよいものをそこに突っ込んでしまう。(筆者はよくこのエネルギーの使い方を間違えます泣)
しかもこの完璧主義に押しつぶされそうになる自分がいる。もともとは自分で勝手に始めた体裁なのに、それに負けそうになる。“もう多少ガサツでもいいよね…” って。 “でもここまで頑張ってきたのに最後ダラけちゃうんだ…” って思う自分もいる。この2つの気持ちに板挟みになって葛藤しめちゃめちゃ疲弊する。
結局完璧主義も、物事を面倒だと思うには立派な要因だ。
⚫面倒臭さを脱却する方法
そもそも面倒臭いと感じるということは、今の自分に対して今からやろうとしていることがあまりにも負担が大きいということである。要は大きな壁が目の前に立ちはだかっている状況である。したがって、この壁をどう突破していくのかについて考察していくことで、それを面倒臭さを脱却する方法としたいと思う。
Ⅰ.「元気」になる
1.については、例でいうと壁を乗り越えるための元気がないという状態である。いつもなら容易に乗り越えられるような壁も、その日は疲弊しきって登る気力も体力もない。これでは壁を乗り越えられない。そのためこの場合に考えられる解決策としては、十分な休息をとるということである。その日に無理をして頑張ったところで大したパフォーマンスは出せないし、余計なダメージが入って翌日に響く。ここでは潔くその日は諦め休息を取り、自然な身体の回復を待つほうが賢明である。翌日しっかり回復できたら、また壁を乗り越えるための元気が生まれる。
この「元気」な状態を保つためには、相当な努力が必要である。元気になるための方法を挙げたらキリがないので今回は省略するが、大まかにいえばストレス要因を排除することと十分な回復を図ること、パワーをつけることの三つに分類されるのかなぁと思う。
ストレス要因の排除は、例えば嫌な仕事の排除、悪い人間関係の切断、不必要な不摂生の除去など。
十分な回復を図ることは、例えば睡眠の質の向上、サプリメント等で栄養価の補給など。
パワーをつけることは、例えば筋力トレーニング、栄養摂取量増大、知能トレーニングなど。
この「元気」になる方法はいつか詳しく書こうと思ってます。上記の三つの要因を満たしていれば、元気でないことにはならないはずです。ただ、これらは容易なことではなく、周りをみても全てできている人はほとんどいません。
Ⅱ.「好きになる」か「慣れる」
2.については例でいうと壁を乗り越えることが単に苦痛になってしまっている状態である。いつもいつも同じような行為の繰り返しで全く面白くない。何のためにやっているのだろうかなどと考えだして、出口のないトンネルを彷徨う。この場合、考えられる解決策としては、その行為を(に)「好きになる」か「慣れる」ということである。壁を乗り越えるとき、“自分は今ロッククライミングしているんだ”などと考えれば、多少は面白みが増す。そうすれば少しは好きになれるかもしれない。
好きになるということは非常に大きなパワーを生む。周りから見たら大変そうと思われるようなことでも、当人は全く気にしていない。苦労を苦労と思わない。例えばポケモンの名前とタイプを全キャラクター覚えてしまう子どもがいたとする。きっとその子はポケモンが好きなのだろう。好きだから熱中してそんな至難の業が苦労なくできてしまうのである。もしかしたらその子は元素記号を覚えることが苦痛かもしれない。それは彼にとってあまり好きではないからだろう。
慣れるということは「好き」であることに似て非なるものである。自然とパワーが生まれてくるよりかは、今までよりも少ないパワーで物事に取りかかれるということである。ずっと同じ行動をしていると、だんだんその仕様がわかってきて、多少手を抜く場所がわかったり、効率的な動きができたりする。そうすると今までの行動が少し楽に感じることだろう。
例えば、家事はどうして頑張れるだろうか。別にゴールがあるわけでもなく、ご飯を作り、洗濯をし、掃除をし、、等々、これがこの先永遠と続く。これらが好きであれば楽しめるかもしれないが、好きでなければそれを淡々とこなすことは単に苦痛でしかない。「慣れる」ということは、これらをやるときに、より少ないパワーで行うことができるようになるということである。ライフハックを覚えたり、便利な家事アイテムを揃えたりすることで以前よりも楽に行うことができる。
あるいは仕事上であればどうか。苦手な業務にも必ず直面するが、慣れたからと言って楽しくなったかと言われたらそうでない場合も多いだろう(その行為に快感を覚える人は途中でそれを好きになったかマゾヒストです)。というか好きな仕事であってもその過程は面白くない場合もある。大抵の人は苦しい気持ちを抑えるために心を無にする。自分の気持ちを押し殺す。だんだん感覚がおかしくなり、それが正常だと思うようになる。これはある種恐ろしいことだ。
壁を乗り越えるとき、最善なのはその行為を「好きになる」ということである。
【豆知識】作業興奮
壁を乗り越えるとき、一番の難関は何かというと(前回も述べたが)最初の動き出しである。とにかく最初の動き出しが最もキツい。この最初のアプローチとして覚えておきたい豆知識が「作業興奮」である。作業興奮とは、やる気が出ない作業でも実際に手を動かし始めることで脳(側坐核など)が刺激され、次第に集中力やモチベーションが高まってくる心理現象のことである。やる気は実際に手を動かしてから出てくるというものである。
筆者の今までの行動を振り返ってみると、暇なときほど動き出しが遅く、意外と何か作業していたときのほうが流れで動けていた印象だった。何か物事に取りかかりたいと思ったときは、少しでもいいから始めてみる。もしくは他の作業をしてから流れで取りかかると効果的である。
Ⅲ.完了主義を目指す&早い思考のトレーニングをする
3.については例でいうと壁をどう乗り越えていこうかじ~っと考えている状態である。どこに手をかけ足をかけ、最も賢い登り方はなにかを頭の中で導き出す。しかし、ずっと悩んでいて一向に手が進まない。これでは日が暮れてしまう。このような状態に陥りやすい人は、おそらく普段から頭で考えすぎてしまう人だろう。頭のいい人に多いんじゃないかと思う。この場合の解決策は、とりあえず一通り完了させることを目標にすることだ。クオリティを求めるのは二の次で、まずは終わらせることを目指す。壁を目の前にしたら、上手く登ることは考えずに登りきることを考える。なんとか登りきることができたなら、あとから修正する形でその質を上げていけばいい。
また、完璧主義の人は最初に計画をガチガチに固めたがる。頭の中では完璧な計画できれいな道筋が立っている。しかし実際に行動してみると、100%計画通りに進められることはほとんどない。もともと足をかける場所が実は岩肌が滑らかで転落の恐れがあったからルート変更したなんてことはよくある話である。最初に計画をガチガチに固めることが悪いのではなく、途中で考えながら臨機応変に対応する力も必要であるということなのだ。要は動きながら考える力だ。
これはトレーニングをしないとなかなか身につかない能力である。では、この能力はどうやって身につけるのか。おそらく球技をやったことがある人は自然と身についているかもしれない。例えばサッカーをしているとき、ボールを受け取ったらドリブルをするか、パスをするか、シュートを打つか、それを瞬時に判断して実行に移さなければならない。保持したまま突っ立ってあれやこれやと考えていたらすぐにボールを取られてしまう。サッカーが上手い人はこの思考が早いため、スムーズに次の行動へ移すことができるのだ。
球技をしたことがない人はどうトレーニングするか。一つ策を挙げるとするならば、普段の生活を少し早く動いてみる。いつも21時に帰ってきて25時に寝る生活をしていたとしたら、例えば「今日は24時に寝てみよう」と決意しそれに向かって少し早く動いてみる。そうするといつもの生活に無駄な動きが意外とあったなと気づくことができる。何日か続けてみるとより効率的な動きができるようになる。それを繰り返すことで、より早い思考、動きながら考える力を身につけることができる。
●まとめ
今回は、なぜ面倒なのか、そしてそれを脱却する方法を個人的に考察し3選ずつ紹介した。
<なぜ面倒なのか>
1.忙しすぎるから
2.面倒なのを知っているから
3.完璧主義だから
<面倒臭さを脱却する方法>
Ⅰ.「元気」になる
Ⅱ.「好きになる」か「慣れる」
Ⅲ.完了主義を目指す&早い思考のトレーニングをする
これはあくまで一つの解でありすべての人に当てはまるというわけではありませんが、面倒臭さの原因とそれを脱却する方法についてある程度の人はこれで説明がつくのではないかと思います。
特に面倒臭さを脱却する方法については上のⅠ.Ⅱ.Ⅲ.を参考にしていただければと思います。
今回、かなり長編になってしまいましたがここまで読んでくださった方はありがとうございました。
≪追記≫
ブログについて、前回投稿してから約10ヶ月が経過してしまいました。
このままいくと100本投稿するのに約80年かかってしまいます。それまで生きてるかもわかりません。
最低でも月に1本以上、年に12本以上は投稿していきたいところですね。今の10倍以上のスピードです。少し文字数を減らしてもいいかもしれません。一応雑記ブログなので。たまに長編を出そうかなと思ってます。

コメント
完璧主義ではなく完了主義か!いいね!
初コメントありがとう!
励みになります!